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東京高等裁判所 平成8年(ネ)4096号 判決 1998年4月23日

平成八年(ネ)第四〇九六号事件控訴人

大東京火災海上保険株式会社(以下「第一審被告大東京火災」という。)

右代表者代表取締役

小澤元

右訴訟代理人弁護士

江口保夫

江口美葆子

豊吉彬

山岡宏敏

平成八年(ネ)第四〇九六号事件被控訴人兼同年(ネ)第四四五三号事件控訴人(以下「第一審原告」という。)

高村博之

右訴訟代理人弁護士

宮本亨

平成八年(ネ)第四四五三号事件被控訴人

住友海上火災保険株式会社

(以下「第一審被告住友海上」という。)

右代表者代表取締役

小野田隆

右訴訟代理人弁護士

溝呂木商太郎

上林博

伊東正勝

松坂祐輔

小倉秀夫

主文

一  原判決中第一審被告大東京火災に関する部分を取り消す。

二  第一審原告の第一審被告大東京火災に対する請求を棄却する。

三  第一審原告の控訴を棄却する。

四  訴訟費用については、第一審原告と第一審被告大東京火災との間においては第一、第二審とも第一審原告の負担とし、第一審原告と第一審被告住友海上との間においては控訴費用を第一審原告の負担とする。

事実及び理由

一  控訴の趣旨

(平成八年(ネ)第四〇九六号事件)

主文第一、二項同旨

(平成八年(ネ)第四四五三号事件)

1  原判決中第一審被告住友海上に関する部分を取り消す。

2  第一審被告住友海上は、第一審原告に対し、八〇九三万四六三五円及び内金七四七五万四六三五円に対する平成六年六月二三日から、内金六一八万円に対する同年九月一〇日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  事案の概要

原判決八頁七行目及び同二一頁九行目の「保険約款違反の有無」を「保険約款上の免責事由である故意又は重過失の有無」に、同一八頁三行目の「佐藤宅」を「佐藤登士良(佐藤という。)宅」に、同八行目の「佐藤登士良(佐藤という。)」を「佐藤」に改めるほかは、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」の欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

三  争点に対する判断

1  証拠により認められる事実等

次のように付加、訂正、削除するほかは、原判決の事実及び理由の「第三争点に対する判断」の欄の一に記載のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決三八頁一一行目から同三九頁一行目にかけての「伊豆信用金庫の」を「一〇〇万円ずつ伊豆信用金庫の帯封で束ねられていたが、これを同信用金庫の」に改め、同八行目の「しなかった。」の次に「なお、本件建物に右三〇〇万円が置かれていること及びその所在場所を知っていたのは、第一審原告及び佐藤のみであった。」を加え、同一一行目の「同日」を「第一審原告宅を同月一九日」に、同四〇頁六行目の「本件火災後」を「第一審原告との内縁を解消し、第一審原告宅から荷物を引き上げることになっていたにもかかわらず、本件火災後間もなく」に、同九行目の「丙一八」の前に「乙四五、」を加え、同一〇行目の「同月」を「同年七月」に改め、同行目の「午前四時ころ、」の次に「施錠せずに」を加え、同四一頁四行目の「ものである」を「ものであり、同支店を訪れた際も、右の要求をした担当者は不在で、第一審原告は、担当者と面談することなく居合わせた者に要求をされていたサンプルを手渡しただけでそのまま辞去したものである」に、同行目の「丙二二」を「丙一八、二二」に改める。

(二)  同六行目の「午前八時五〇分」を「午前七時五〇分」に改め、同八行目の「原告は」の次に「、特に動転した様子もなく」を、同九行目の「切った。」の次に「佐藤は、妻が経営しているスナックの営業を深夜まで手伝っており、第一審原告もこのことを知っていたため、急用でない限り、第一審原告が佐藤に早朝に電話を掛けることはなく、当日右のような時刻に第一審原告から佐藤に電話連絡をしなければならない急ぎの用件はなかった。」を加え、同四二頁三行目の「しかし」から同八行目の「感じなかった。」まで及び同八、九行目の「、工藤証人」を削り、同四三頁五行目の「立ち会った」を「立ち会い、消防署員の出火原因についての質問に対し、一日に八〇本から一二〇本のタバコを吸っていたこと、一日に吸うタバコの量が多いため、テーブルの上に灰皿二つを置き、タバコを押し込んで消していたこと、当日は、テーブルの灰皿脇に二、三枚のティッシュペーパーを置いていたこと、同日の早朝に出掛ける前にもワイシャツのボタンを止めながら、タバコを吸っていたこと、前日夜から蚊取線香をたき、テーブル下においていたことを供述した」に、同行目の「乙一の五」を「乙一の三、五、七」に改め、同八行目の「積んでいた」の次に「。右のうち、取引先を書いた電話帳は、常時本件建物内に置かれ、第一審原告が取引先との連絡等に使用していたもので、その営業に不可欠なものであった」を加える。

(三)  同五二頁八行目から同五三頁七行目までを次のように改める。

「(二) 火災、爆発事故の原因調査等に関する専門家である野々村眞一は、第一審被告大東京火災からの依頼により、資料として、本件訴訟において『平成四年(ワ)第三九一二号保険金請求事件に係る火災事件記録の嘱託について(回答)』として静岡県伊東市消防本部から横浜地方裁判所に送付された火災事件記録(乙一の一ないし八)、火災現場における検証写真、高村博之宅火災現場立面図(乙二八の一ないし四)を用いて本件火災の出火場所及び出火原因を調査した結果、消防署の見解では、出火場所は玄関ホール付近であるとされているが、本件建物西側南半分の一階の一〇畳和室及び広縁の間は外壁が焼け落ちており、特に和室は畳敷きであるのに床面が焼けて抜け落ちているなど、玄関ホールと比較してむしろ焼燬の程度が著しいことや電気配線の短絡痕跡の状況などから、出火場所は、焼けるものが少ない玄関ホール内とみるより、焼燬の程度の著しい一階和室内の畳面とみるべきであると判断し、出火原因については、電気に起因するものとは考えられず、タバコの吸い殻又は蚊取線香の不始末によるものである可能性も無視することはできないが、その可能性は低く、本件建物が無人であった時間が約三時間四五分あることを考慮すると、何者かの作為によるものである可能性が高いものと鑑定している(乙三五)。」

(四)  同九行目から同五五頁四行目までを次のように改める。

「(一) 本件火災の前日に本件建物内にあった竹製品販売促進用のカラーカタログ原稿は、本件火災発生後の平成四年八月二五日には、伊東市内に所在するゆりかごの倉庫に置かれていた(乙一六、佐藤証人)。第一審原告は、右カタログ原稿は、本件火災前、四部あったと供述するが、証人佐藤の証言によれば、右原稿は、竹製品の写真を台紙に貼ったもので、カラーコピー機を利用して製品販売促進用のカタログを作成するための原稿として使用するものであり、このような原稿を四部も作成することは不自然であって、右供述は措信することができない。

(二) 第一審原告は、本件火災の発生の日に本件建物に施錠せずに外出したところ、本件建物の鍵については、当初は持って出たと述べたが、(乙一の六、丙一八、第一審原告本人(原審))、当審における本人尋問においては、その供述を、鍵は郵便受けに入れたと変更し、さらにこれを撤回して持って出たと述べるなど供述を変転させた後、最終的には、郵便受けに入れたと供述した。

(三)  本件建物は、出火当時は、前記のとおり、無人で施錠されていなかったから、第三者が本件建物内に入ることは可能な状態であったが、本件建物は、約八メートルの断崖の上に建っており、本件建物に至る道路はカーブが多く、二トン車がやっと通れる程度の広さであり、周囲に人家はなかったから、本件建物の前を通りかかる通行人による放火は考えにくく、また、第一審原告に対する怨恨その他から放火するような動機を持った者はいなかった(甲二三の一ないし四、乙四三の一、丙一六、第一審原告本人(当審))。右事実及び本件火災の出火時間や本件建物の所在場所に照らすと、無関係な第三者による放火による出火の可能性は、ほとんどないものと考えられる。」

2  争点2[本件各契約について保険約款上の免責事由である故意又は重過失の有無]について

そこで、本件各契約の保険約款上の免責事由である故意又は重過失の有無について判断するに、右に認定したとおり、本件各契約はいずれも平成三年三月ころから平成四年三月ころまでの約一年の間に次々と締結され、最後に締結された本件契約三の締結の日から約四か月後に本件火災が発生していること、いずれの契約締結も第一審被告らないしその代理業者の勧誘ではなく第一審原告からの申出が端緒となっていること、本件火災は第一審原告及びその内縁の妻であった深沢の留守中に発生しているが、第一審原告が本件火災当日自ら横浜に出かける必要があったかどうか疑わしいし、深沢と第一審原告との不仲や内縁解消の話が偽装であることを疑わせるような事情も存すること、第一審原告は現金三〇〇万円を置いたまま出かけたというが、このような高額の現金及び多数の美術品を置いてあるはずの本件建物に施錠しないまま出かけるというのは不合理であり、本件建物の鍵の所在についても、第一審原告の供述は変転しており、施錠せずに鍵を郵便受けに入れたとする理由についても合理的な説明がないこと、第一審原告は、貴重品や当座の会社経営や日常生活に必要な品を自己所有車に積み込んでおり、また、本件火災の日の早朝に佐藤宅に特に所用もないのに電話をするなどの不自然な行動が見られること、本件火災発生後間もなく、本件火災前後の第一審原告の言動を知る佐藤を国外に連れ出したり、焼残物を処分したりするなどの証拠隠滅や調査妨害と解し得る行動をしており、しかもこれらの行動についての第一審原告の供述が信用できないこと、本件契約二及び三の申込書、動産罹災申告書及び損害明細書等の物件の価格や購入先について客観的な裏付けのない記載をしたり、事実関係を不明確にしたりしており、これについての原審及び当審の第一審原告本人尋問における弁解がしどろもどろで合理性のないものであることなど、本件火災が第一審原告又は第一審原告の意を受けた者による放火であることを疑わしめるような事情が多々存在する。

さらに、前記のように、本件建物の玄関ホール階段下の収納庫の中に入れてあった現金三〇〇万円は本件火災現場から発見されなかったのであるが、その所在場所を知っている者は第一審原告と佐藤のほかにはなく、本件火災までの間に第一審原告宅が盗難にあった事実も認められないことからすれば、右現金は、第一審原告が本件火災の前に持ち去ったものと考えるほかはないし(本件火災の前後の佐藤の行動等に照らし、佐藤が持ち去ったものとは到底考えられない。)、また、常時本件建物内に置かれ、第一審原告が取引先との連絡等に使用していた電話帳が本件火災後自己所有車に積み込まれ、あるいは、本件火災の前日に本件建物内にあったカタログ原稿が本件火災後前記倉庫に置かれていたなど、第一審原告にとって重要と考えられる物が第一審原告によって本件火災前に本件建物から持ち出されているのである。

これらの事実に、本件火災当日朝に第一審原告が佐藤に電話で話した際、第一審原告の自宅が火事であると告げられても、「蚊取線香かな」とつぶやいたのみで、格別動転した様子が窺えなかったこと、出火原因に関連する第一審原告の発言が、消防署員に対しても、原審及び等審における本人尋問の際にも、いかにも饒舌であり、不自然であると見えることなどを総合すると、本件火災の発生前、第一審原告は、同日早朝に本件建物から出火することを認識し、あるいは予見していたものであると認めるのが相当である。

以上によれば、本件火災は、出火場所、発火源、出火経過等火災発生の機序は不明であるものの、その原因が第一審原告と無関係な第三者による放火又は失火であるとは考えられないのであって(前記認定の本件建物の所在場所、第三者による放火の動機、人通り、出火時刻等の客観的な状況からみて無関係な第三者による放火又は失火であると考えられないのみならず、無関係な第三者による放火又は失火を第一審原告が認識、予見することは通常はあり得ないから、この点からも、無関係な第三者による放火又は失火の可能性は否定される。)、本件火災は、第一審原告自身又は第一審原告と意思を通じた者による放火又は第一審原告の行為に起因する失火のいずれかにより発生したものというべきである。

そして、第一審原告自身又は第一審原告と意思を通じた者による放火であるとすれば、保険約款上の免責事由である故意に該当することは明らかであり、また、第一審原告の行為に起因する失火であるとすれば、蚊取線香からの引火又は煙草の火の不始末であるにせよ、それ以外の原因であるにせよ、第一審原告は、火災の発生を認識あるいは予見していたにもかかわらず、その発生の防止のための措置を何ら採らずに、室内に竹製品や段ボール等の燃えやすい素材が置かれているのをそのまま放置して外出したものであるから、本件火災の発生について保険約款上の免責事由である重大な過失があることは明らかであるといわなくてはならない(火災の発生を容易に予見し得る場合に重大な過失となりうるのであって、本件のように認識し、予見していたといえる場合には、故意又は故意に匹敵する重大な過失となり得るというべきである。)。

そうすると、第一審被告大東京火災は、本件契約一について住宅保険約款二条一項一号に基づき、第一審被告住友海上は、本件契約二について同号により、本件契約三について運送保険約款三条一号により、第一審原告に対して保険金支払義務を負わないものというべきである。

したがって、第一審原告の第一審被告大東京火災に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

また、第一審原告の第一審被告住友海上に対する請求は、同様に理由がないほか、第一審原告が契約申込書に虚偽の記載をしたことが、本件契約二については住宅保険約款一五条一項に、本件契約三については運送保険約款一一条一項に当たり、右約款が解除により効力を失ったことからも理由がない。この点に関する当裁判所の判断は、原判決七〇頁三行目の次に「第一審原告は、当審における本人尋問においても、明記物件の購入先や購入価格について種々の弁解をするが、合理的な根拠や裏付けがないから、採用することができない。」を加えるほかは、原判決の「第三 争点に対する判断」の欄の三に記載のとおりであるから、これを引用する。

四  結論

以上によれば、原判決中、第一審原告の第一審被告大東京火災に対する請求の部分は理由がないから右請求を棄却すべきところ、これを認容した原判決は失当であるから、これを取り消して第一審原告の右請求を棄却し、第一審原告の第一審被告住友海上に対する請求の部分を棄却した判断は相当であるから、右部分に係る第一審原告の控訴を棄却する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 柳田幸三 裁判官 小磯武男)

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